PPAで識別される無形資産の種類
PPA(取得原価の配分)では、被取得企業の貸借対照表に計上されていなかった無形資産を識別し、企業結合日の時価で計上します。どこまでを識別するかは会計基準の要件によって決まり、担当者の裁量で決められるものではありません。本稿では、識別可能無形資産の要件、実務で用いられる五つの分類、識別されない資産の典型、そして日本基準とIFRSの差異を整理します。
識別可能無形資産の要件
企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」では、受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取り扱うとされています。企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(企業会計基準適用指針第10号)では、この要件がより具体的に示されており、実務では次の二つの観点から検討するのが一般的です。
一つは法律上の権利であるかどうかです。特許権、商標権、著作権、実用新案権、意匠権のように、法令に基づいて保護される権利は識別可能と扱われます。契約によって生じる権利も、契約上の地位として法的に保護される限りこの範疇に含まれます。もう一つは、分離して譲渡可能であるかどうかです。企業から独立して売買、ライセンス、賃貸などの取引の対象となり得る場合には、法律上の権利でなくても識別可能と扱われます。ここでいう譲渡可能性は、実際に譲渡する意思があるかではなく、譲渡し得る性質を備えているかで判断されます。
適用指針では、企業結合の主要な目的が無形資産の獲得にある場合や、取得の対価の算定において無形資産の価値が明示的に考慮されている場合には、識別の検討がより慎重に行われるべきことが示されています。買収価格の交渉過程で顧客基盤や技術の価値が議論されていたにもかかわらず、配分の段階でそれらを一切識別しない処理は、説明が難しくなります。識別の検討は買収の意思決定資料に立ち返って行う必要があり、この点はPPAの全体像で述べた手続きの前提にもなります。
無形資産の五つの分類
実務では、無形資産を性質に応じて五つに分類して検討するのが一般的です。この分類は国際的な会計基準の設例に由来するもので、日本の実務でもJICPA経営研究調査会研究報告第57号などを通じて広く用いられています。網羅的な一覧ではありませんが、識別漏れを防ぐための出発点として機能します。
| 分類 | 主な資産の例 | 識別の主な根拠 |
|---|---|---|
| マーケティング関連 | 商標、商号、サービスマーク、トレードドレス、ドメイン名、競業避止契約 | 法律上の権利 |
| 顧客関連 | 顧客リスト、受注残高、顧客契約および関連する顧客関係、契約に基づかない顧客関係 | 分離譲渡可能性または契約 |
| 契約関連 | ライセンス契約、フランチャイズ契約、供給契約、リース契約、放送権、各種使用権 | 契約上の権利 |
| 技術関連 | 特許で保護された技術、非特許技術(ノウハウ)、ソフトウェア、データベース、営業秘密 | 法律上の権利または分離譲渡可能性 |
| 芸術関連 | 書籍、楽曲、映像作品、写真、演劇の脚本などの著作物 | 著作権 |
この五分類は、識別可能かどうかの判断基準そのものではありません。分類に当てはまる資産であっても、法律上の権利にも分離譲渡可能性にも該当しない場合は識別されず、逆に分類の例示にない資産でも要件を満たせば識別されます。分類はあくまで、被取得企業の事業を見渡す際の視点を提供するものです。
実務で計上されることが多い資産
日本の企業結合において計上頻度が高いのは、顧客関連資産、商標権、技術関連資産の三つです。
顧客関連資産は、既存顧客との取引関係から将来得られる収益に着目した資産です。契約に基づかない顧客関係であっても、顧客リストが独立して取引の対象となり得ることや、継続的な取引の実績が確認できることを根拠に識別されます。評価には超過収益法が用いられることが多く、顧客の逓減率(アトリション・レート)の見積りが結果を大きく左右します。過去数年の顧客別売上データが必要になるため、資料の入手可能性が論点になりやすい資産でもあります。
商標権は、被取得企業の商号やブランドを継続して使用する場合に識別されます。買収後にブランドを取得企業のものへ統合する方針であれば、耐用年数は短く見積もられます。評価にはロイヤルティ免除法が用いられるのが一般的です。技術関連資産は、特許で保護された技術のほか、特許化されていないノウハウや製造工程上の知見も対象になります。評価手法の選択の考え方は無形資産の評価手法で整理しています。
このほか、長期の供給契約や有利な条件のリース契約なども、契約関連資産として識別される場合があります。いずれの資産についても、識別と同時に経済的耐用年数を見積もる必要があり、その根拠の説明が監査上の確認事項となります。
識別されない典型
要件を満たさないためにのれんに含まれる項目もあります。代表的なものが人的資産です。従業員の技能や経験、組織として機能する従業員集団は、企業の収益力に寄与しますが、企業から分離して譲渡することができず、法律上の権利でもないため、識別可能無形資産としては計上されず、のれんに含めて処理されるとされています。買収の目的が人材の獲得にある場合でも、この結論は変わりません。
同様に、次のような項目も原則として識別の対象になりません。
- 被取得企業と取得企業を統合することで生じる相乗効果(シナジー)そのもの
- 将来獲得が見込まれるにすぎない新規顧客との関係
- 特定の顧客や契約に結び付かない一般的な業界内での評判
- 買収後の事業再編によって生じると見込まれる費用削減効果
これらは、被取得企業から受け入れた資産として企業結合日時点で存在しているとはいえないか、分離して譲渡できないため、配分の対象とならず、結果としてのれんの構成要素となります。のれんとして計上された金額がその後どのように扱われるかは、のれんの算定と減損で扱っています。
業種による傾向の違い
どの資産が識別されるかは、被取得企業の事業構造によって傾向が異なります。製造業では、特許権や製造ノウハウといった技術関連資産と、継続的な取引先との関係に基づく顧客関連資産が中心になります。取引先が少数に集中している場合には、顧客関連資産の金額的重要性が高くなる傾向があります。
ソフトウェア業やSaaS事業では、自社開発ソフトウェアと顧客契約が主要な資産となります。契約が年次更新である場合、更新率の実績が耐用年数の見積りの根拠となるため、解約率のデータが評価の前提資料として重要になります。消費財や小売、飲食では商標権の比重が高く、ブランドの認知が収益の源泉であることから、ロイヤルティ率の設定が論点になります。
人材サービス、コンサルティングのように、収益が個々の従業員の能力に依存する事業では、識別される無形資産が限定的となり、対価の多くがのれんとなる場合があります。この場合、のれんの金額が大きくなる理由を説明できる資料を残しておくことが実務上求められます。買収検討の段階で配分結果の見込みを把握しておくプレPPAは、こうした見通しを立てる目的でも利用されます。
日本基準とIFRSの識別要件の差異
IFRS第3号「企業結合」では、識別可能性の要件として分離可能性基準と契約・法的基準の二つが示され、いずれか一方を満たせば識別可能とされています。日本基準の「法律上の権利など分離して譲渡可能なもの」という定めと、着眼点そのものに大きな違いはありません。ただし、日本基準では法律上の権利であることに加えて分離して譲渡可能であることを求める読み方も存在し、この解釈の幅が、実務上は識別範囲の差として現れる場合があります。
結果として、契約に基づかない顧客関係のように、法的な裏付けが弱く分離譲渡可能性の判断が分かれる資産について、IFRSのほうがより広く識別される傾向があるとされています。背景として、日本基準ではのれんを20年以内で規則的に償却するのに対し、IFRSではのれんを償却せず減損テストを行うため、のれんと無形資産の区分がその後の損益に与える影響が両基準で異なることが指摘されています。
偶発負債の取扱いにも差異があります。日本基準では、取得後短期間で発生することが予測される費用または損失であって、その発生の可能性が取得の対価の算定に反映されている場合に、負債として認識するとされています。IFRSでは、過去の事象から生じた現在の債務であり公正価値を信頼性をもって測定できるものを認識する枠組みがとられています。IFRS適用会社および適用を予定する会社では、日本基準での配分結果をそのまま用いることができない場合があるため、どちらの基準に基づく報告書が必要かを着手前に確定させる必要があります。
まとめ
識別可能無形資産は、法律上の権利であるか、分離して譲渡可能であるかという観点から判断され、実務ではマーケティング関連、顧客関連、契約関連、技術関連、芸術関連の五分類を手掛かりに検討します。日本の企業結合では顧客関連資産、商標権、技術関連資産の計上頻度が高い一方、人的資産やシナジーはのれんに含まれます。どの資産が識別されるかは業種によって傾向が異なり、IFRSでは日本基準よりも識別範囲が広くなる場合があるとされています。
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