プレPPAとは|買収前に無形資産とのれんを試算する
プレPPAは、買収の実行前にのれんと無形資産の金額をあらかじめ試算しておく手続です。取得後の損益に生じる償却負担を事前に把握し、取締役会での説明や価格交渉の材料として用いられます。本稿では、プレPPAが実施される場面、取得後に行う本番のPPAとの違い、進め方と必要な資料、そして実施上の留意点を、実務の観点から順に整理します。
プレPPAとは
プレPPAとは、企業結合の実行前、一般にはデューデリジェンスから最終契約の締結までの期間に、取得原価の配分結果を仮に見積もっておく作業を指します。Pre-PPAと表記されることもあります。取得原価の配分そのものは、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」に基づき、取得日を基準として実施される会計手続です。プレPPAは、その手続を制度上の要請として前倒しで行うものではなく、あくまで意思決定のための内部資料として、想定される配分結果を試算するものです。
買収が実行されると、支払対価のうち識別可能資産および負債に配分されなかった残余がのれんとして計上されます。日本基準では、のれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたり、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却することとされています。また、顧客関連資産や技術関連資産などの無形資産が識別された場合、それぞれの経済的耐用年数にわたって償却が行われます。つまり買収の実行は、その後の複数年度にわたる償却費の発生を伴います。プレPPAは、この負担がどの程度の規模になるかを、契約締結の前に数値で確認しておくための手続です。取得原価の配分の全体像についてはPPAの基本的な流れを、あわせてご参照ください。
プレPPAが実施されるケース
実務でプレPPAが実施される場面は、大きく三つに整理できます。
第一に、取締役会や投資委員会での説明資料として用いられる場合です。買収の承認を求める際、投資回収の見通しとあわせて、買収後の連結損益計算書にどの程度の償却費が上乗せされるかを示すことが求められる場面があります。特に、営業利益や当期純利益に関する業績予想や中期経営計画を公表している企業では、買収によって計画との乖離が生じないかを事前に検討しておく必要があります。プレPPAの結果は、この検討の基礎となる数値を提供します。
第二に、買収後の損益への影響そのものを把握する目的です。同じ買収対価であっても、その大部分がのれんとして計上される場合と、耐用年数の短い無形資産に多く配分される場合とでは、償却費の年間発生額が変わります。無形資産に配分される金額が大きく、かつその経済的耐用年数が短いほど、買収直後の数年間における償却負担は重くなる傾向があります。プレPPAでは、配分の見込みを類型ごとに分けて試算することで、この影響を可視化します。
第三に、価格交渉の材料として用いられる場合です。買収対価の水準が上がれば、そのまま配分されずに残る部分が増加し、のれんの計上額も増加します。のれんの金額が大きくなるほど、将来の減損リスクも相応に高まります。プレPPAによって対価と会計上の負担の関係を数値で把握しておくことで、交渉の過程で許容できる価格の上限を検討する際の判断材料が得られます。
本番のPPAとの違い
プレPPAと、取得日を基準として実施される本番のPPAとは、目的も前提となる情報量も異なります。主な相違点を以下に整理します。
| 項目 | プレPPA | 本番のPPA |
|---|---|---|
| 実施時期 | デューデリジェンス段階から最終契約締結まで | 取得日以後、原則として取得日から1年以内 |
| 目的 | 意思決定のための試算、社内説明、価格交渉の材料 | 連結財務諸表への計上、開示 |
| 利用できる情報 | 開示された範囲の資料、DDで入手した限定的な情報 | 対象会社の内部資料、経営陣へのヒアリング等 |
| 精度 | 一定の仮定を置いた概算 | 入手可能な情報に基づく評価 |
| 無形資産の識別 | 主要な類型に絞ることが多い | 識別可能なものを網羅的に検討 |
| 監査対応 | 原則として想定しない | 会計監査人によるレビューを前提とする |
| 報告物 | 試算結果を示す簡易な資料 | 評価報告書 |
取得原価の配分が期末までに完了しない場合の取扱い(暫定的な会計処理)については、企業結合に関する会計基準および同適用指針に定めがあります。プレPPAはこの暫定的な会計処理とは別のものであり、これに代えて用いることはできません。
進め方と必要な資料
プレPPAは、限られた時間と情報の中で実施されるため、本番のPPAと同じ手順をそのまま縮小するのではなく、損益への影響が大きい部分から順に検討していく進め方が一般的です。まず対象会社の事業内容と収益構造を確認し、価値の源泉となっている要素を把握します。そのうえで、顧客関連、技術関連、商標関連、契約関連といった類型のうち、識別される可能性が高いものを絞り込みます。次に、それぞれについて評価手法を選定し、超過収益法やロイヤルティ免除法などにより概算値を算定します。評価手法の考え方については無形資産の評価手法で解説しています。最後に、買収対価の想定額から識別可能資産および負債の時価と無形資産の評価額を差し引き、のれんの見込額を求めます。
この過程で必要となる資料は、デューデリジェンスの中で入手されるものと重なる部分が多くあります。具体的には、対象会社の直近数期分の財務諸表、事業計画、主要顧客別および製品別の売上構成、主要な契約の一覧、保有する知的財産の一覧、従業員数の推移などです。加えて、買収対価の想定レンジと、買い手側が前提としている事業計画上の見通しも必要になります。これらの資料が十分に揃わない段階であっても、入手できた範囲の情報に一定の仮定を加えて試算を行うことは可能です。
割引率については、対象会社の事業リスクを反映した水準を用いることになります。プレPPAの段階では類似上場会社のデータに基づいて設定することが多く、本番のPPAで実施される割引率の整合性の検証、いわゆるWARA分析までは行わないことが通例です。取得した資産全体の加重平均収益率と割引率との整合性を検証する手続は、本番のPPAの中で実施されます。
実施上の留意点
プレPPAの結果を利用する際には、その性質上避けられない制約を理解しておく必要があります。
- デューデリジェンス段階で入手できる情報は限られており、無形資産の識別も網羅的なものにはなりません。
- 買収対価が最終的に変動すれば、のれんの金額も変動します。
- 取得日時点の資産および負債の時価は、試算時点の見積りと異なる可能性があります。
- プレPPAの結果は会計監査人のレビューを経たものではなく、そのまま会計処理の根拠とすることはできません。
特に注意を要するのが、本番のPPAで結果が変わり得るという点です。取得後には対象会社の内部資料や経営陣へのヒアリングを通じて、より詳細な情報が得られます。その結果、プレPPAの段階では想定していなかった無形資産が識別されたり、逆に識別可能性の要件を満たさないと判断される項目が生じたりします。事業計画の前提が更新されることもあります。したがって、社内での説明にあたっては、試算値であること、および前提とした仮定の内容をあわせて示しておくことが望まれます。一定の幅を持たせて複数のケースを示す方法も、実務では用いられています。
プレPPAを実施しておく効果
プレPPAを実施しておくことの効果は、買収実行後の局面で表れます。まず、買収後の償却負担が事前に把握されていれば、業績予想の修正や開示の要否を早い段階で検討できます。買収の公表後に想定を超える償却費が判明する事態を避けることにつながります。
また、本番のPPAの作業効率にも影響します。プレPPAの過程で対象会社の事業構造や無形資産の所在についての理解が蓄積されているため、取得後の評価作業を短い期間で進めやすくなります。取得日以後は決算日までの日程が限られており、この点は実務上の意味を持ちます。会計監査人との協議においても、無形資産の識別に関する考え方を事前に整理しておくことで、論点の把握が早まります。会計監査人とのやり取りの進め方については監査対応の実務で扱っています。
加えて、複数の買収候補を比較検討している場合には、対価水準に対する会計上の負担という共通の尺度で候補を並べて評価することが可能になります。
まとめ
プレPPAは、制度上要求される手続ではありませんが、買収の意思決定に会計上の影響を織り込むための実務として定着しつつあります。限られた情報に基づく試算であるという制約を踏まえたうえで、取締役会での説明、買収後の損益の把握、価格交渉の材料として活用されています。実施にあたっては、前提となる仮定を明示し、本番のPPAで結果が変わり得ることを関係者間で共有しておくことが重要です。
弊社では、買収前の試算から取得後の評価および監査対応までを一貫してお引き受けしています。プレPPAのサービス内容をご覧のうえ、検討中の案件がございましたらお問い合わせよりご相談ください。