PPAの費用と依頼先の選び方
PPAの費用は、事前に見通しを立てにくい領域です。料金表を公開している評価会社はほとんどなく、見積書を取り寄せて初めて水準がわかるという状態が続いています。本稿では、費用が公開されにくい事情、見積金額を左右する要素、Big4系と独立系の考え方の違い、そして見積書を受け取った段階で確認しておきたい事項を、実務の順序に沿って整理します。
PPAの費用がわかりにくい理由
PPA(取得原価の配分)は、企業結合により取得した資産および引き受けた負債を、取得日の時価で識別し測定する会計手続です。企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」に基づく処理であり、連結財務諸表を作成する企業が他社を取得した場合には避けて通れません。制度上の位置づけは明確ですが、この業務を外部の評価会社に委託する際の費用については、参照できる公開情報がほとんどありません。手続の全体像についてはPPAの全体像で整理しています。
費用が見えにくい理由の一つは、PPAが定型商品ではないことです。同じ買収価額であっても、識別される無形資産が顧客関連資産一つで済む案件と、技術・商標・仕掛研究開発まで検討が必要な案件とでは、作業量が大きく異なります。案件の内容を確認しないまま金額を示すことが難しく、結果として料金表という形式になじみません。
もう一つの理由は、評価会社に料金を公開する動機が乏しかったことです。PPAの依頼は、監査法人からの紹介、M&Aアドバイザーからの引き継ぎ、過去の取引先からの再依頼といった経路で発生することが多く、検索を経由した比較検討にさらされる機会が限られていました。
その結果、貴社が最初に受け取る見積書は、比較の基準がないまま判断を求められるものになります。金額の妥当性を単独で評価することは難しいため、内訳と前提条件を読み解く方向に切り替えるほうが現実的です。
費用を左右する5つの要素
見積金額の差は、多くの場合、次の5つの要素の組み合わせで説明できます。逆に言えば、この5点を依頼前に整理して伝えておくと、各社の見積を同じ土俵で比較しやすくなります。
第一に、買収価額の規模です。取得原価が大きいほど無形資産の金額的重要性が高まり、監査上求められる検討の深度も上がります。ただし費用が買収価額に比例するわけではありません。
第二に、識別する無形資産の数です。無形資産は評価単位ごとにモデルを組み、将来キャッシュ・フローと経済的耐用年数を個別に見積もる必要があります。評価単位が一つ増えれば、その分の作業とレビューが積み上がります。どのような資産が識別対象になるかは無形資産の類型で解説しています。
第三に、対象事業の複雑性です。単一の製品ラインを持つ事業と、複数のセグメントを併せ持つ事業とでは、将来予測の分解の細かさが変わります。事業計画が事業部単位までしか作られていない場合、評価に用いる単位まで割り付ける作業が別途発生します。
第四に、有形資産や海外資産の有無です。土地・建物の時価評価は不動産の鑑定評価に関する法律の規制対象となる領域を含むため、不動産鑑定士との連携が必要になります。海外子会社が含まれる場合は、現地の市場データの収集やカントリーリスクの反映が加わります。
第五に、納期です。決算発表日から逆算して作業期間が短い場合、複数名を同時に投入する体制が必要になり、費用に反映されます。
| 要素 | 費用への影響の性質 | 依頼前に整理しておきたい情報 |
|---|---|---|
| 買収価額の規模 | 検討の深度を規定する。比例はしない | 取得原価と支払対価の構成(現金、株式、条件付対価の有無) |
| 識別する無形資産の数 | 評価単位ごとに作業が積み上がる | 対象会社の主要な収益源と契約関係 |
| 対象事業の複雑性 | 将来予測の分解の細かさに影響する | 事業計画の作成単位と期間 |
| 有形資産・海外資産 | 外部専門家との連携が加わる | 不動産の所在と規模、海外子会社の有無 |
| 納期 | 投入体制の厚みに影響する | 取締役会・決算発表・監査報告の各期日 |
Big4系ファームと独立系ファームの違い
PPAの受託者は、Big4系のフィナンシャルアドバイザリー部門、準大手・外資系の評価会社、独立系の評価会社などに分かれます。どの層が適しているかは案件の性格によって変わりますので、優劣ではなく対応領域と体制の違いとして把握しておくのが実務的です。
Big4系は、海外子会社を多数含む案件や、IFRSと日本基準の並行対応といった広い対応領域を持ちます。ネットワークを通じた現地対応が可能で、大型案件で求められる人員数を確保できる点が特徴です。一方で、審査を含む内部手続が厚く、その体制を維持するための費用構造が見積に反映されます。また、貴社の会計監査人と同一のネットワークに属するファームには、独立性の観点から依頼できない場合があります。
独立系は、対応領域を評価業務に絞る代わりに、担当者が固定され、経験年数の長い者が実作業に関与する体制を採ることが多いとされています。ただし、担当者以外の者による審査体制を備えているかどうかは会社ごとに差がありますので、見積段階で確認しておく必要があります。
| 観点 | Big4系ファーム | 独立系ファーム |
|---|---|---|
| 対応領域 | 海外資産、多国籍案件、周辺アドバイザリーまで広い | 評価業務に特化していることが多い |
| 体制 | チーム制。審査を含む内部手続が定型化されている | 少人数。担当者が着手から監査対応まで一貫することが多い |
| 費用構造の考え方 | 体制維持を含む標準単価に基づく積算 | 案件ごとの想定工数に基づく積算 |
| 独立性の制約 | 会計監査人と同一ネットワークの場合、受託できないことがある | 会計監査人との資本・人的関係の有無を個別に確認する |
見積書で確認しておきたい事項
見積書を比較する際は、総額よりも前提条件の記載を先に読むことをお勧めします。同じ業務名でも、含まれる範囲が一致しているとは限らないためです。
作業範囲については、識別対象とする無形資産の想定、割引率の算定を含むか、WACCとIRRの整合性検証(WARA分析)まで行うか、繰延税金負債の算定に必要な情報提供を含むかを確認します。
監査対応の有無は、費用差の主要な要因です。報告書の提出をもって業務終了とする契約と、会計監査人からの質問対応や追加分析までを含む契約とでは、必要な工数が異なります。別料金である場合は、どこからが追加請求の対象になるのかを事前に確認しておきます。
報告書の記載事項も比較の対象になります。前提条件、情報の入手源、採用した評価手法とその選定理由、感応度分析の有無といった記載が、会計監査人の検討に耐える水準にあるかどうかは、業務の実質的な品質に直結します。
追加費用の条件については、事業計画が差し替えられた場合、取得原価が事後的に修正された場合、条件付対価の見直しが生じた場合の扱いを確認します。PPAでは着手後に前提が変わることが珍しくないため、変更時の取り決めが契約に含まれているかは重要です。
成功報酬を採用しない評価人が望ましい理由
評価業務の報酬を成功報酬とすること、あるいは評価結果の金額に連動させることは、評価人の客観性を阻害する要因になり得ます。無形資産の評価額が大きいほど報酬が増える構造であれば、評価人には無形資産を厚く計上する誘因が生じます。逆にのれんを大きく残す方向に誘因が働く構造も同様で、いずれも評価結果の信頼性に影響します。
会計監査人は、監査基準報告書620「専門家の業務の利用」に基づき、経営者が利用した専門家の適性、能力および客観性を評価することとされています。客観性の評価においては、専門家と企業との間の利害関係が検討の対象になります。報酬が評価結果に連動している場合、この点について説明を求められることが想定されます。
したがって、評価人の選定にあたっては、報酬が作業量に基づいて算定されていること、および利害関係の不存在について書面で表明を受けられることを確認しておくことが実務的です。この論点は監査法人との協議とあわせて整理しておくと有用です。
依頼のタイミング
PPAは、取得日時点の資産および負債を対象とする手続です。取得原価が確定し、取得日時点の対象会社の財務数値が入手できて初めて、評価作業に着手できます。したがって、クロージング前の段階で報告書を完成させることはできません。
一方で、着手を待つ間に何もできないわけではありません。デュー・ディリジェンスで得られた情報、対象会社の事業計画、主要な契約関係は、そのままPPAの入力情報になります。買収検討の段階で無形資産の識別可能性と金額規模を把握しておけば、のれんの計上額とその後の償却負担を事前に見通せます。この事前の検討はプレPPAとして弊社でも取り扱っています。
実務上の制約となるのは、企業会計基準第21号が定める暫定的な会計処理の確定期間です。取得日以後1年以内に配分を完了させる必要がありますが、実際には四半期決算や年度決算の開示スケジュールが先に到来しますので、逆算した工程管理が求められます。クロージング日が決まった時点で評価会社に連絡を入れておくと、資料依頼と作業期間の確保が前倒しになり、決算直前の集中を避けられます。
まとめ
PPAの費用は、買収価額の規模、識別する無形資産の数、対象事業の複雑性、有形資産や海外資産の有無、納期という要素の組み合わせで決まります。相場の一点を探すよりも、これらの前提を整理したうえで各社の見積の内訳を比較するほうが、判断の精度は上がります。あわせて、監査対応の範囲、報告書の記載事項、追加費用の条件、報酬が評価結果に連動していないことを、契約前に確認しておくことをお勧めします。
弊社はPPAを専門とする評価会社です。案件の概要をお伺いしたうえで作業範囲と工程をご説明しますので、お問い合わせよりご連絡ください。